何もしてないのに壊れた

たぶん、何かしてる

コストコに行くとバカになる

「すごい否定されるんですけど!じゃあみんながみんなコストコ好きじゃないとダメなんですか!?」

 

朝から女性社員がエキサイトしていた。忘れていた記憶を慌てて取り戻すかのように、急に肌寒くなる気候の変化に対応する術を持ち合わせていない僕は、いつものように、そう、ナチュラルに風邪を拗らせていた。喉の痛みを抑える為にamazonで購入したマヌカハニーを食べながら「また始まった…」と傍観していた。高級なハチミツで喉を潤していると「それ何ですか?」と聞かれた。得意げにマヌカハニーの説明をし、歌手のaikoさんも愛用してるんだよと話していたら「でも声、まだ変ですよ。早く良くなると良いですね」と言われた。確かに喉は痛かったが声は全く変わっていない僕は、ただ女性から変な声だと思われていた事をカミングアウトされる事になった。

 

どうやらコストコが嫌いだと言う話をしたところみんなから非難されたらしい。年配の方から人生の半分損していると言われたという。女性は怒りをあらわにした。「人生の3分の1は睡眠なのに人生の半分損してるって事はもう残り6分の1しか楽しめないって事ですか?」「そもそも年配の方は人生の折り返し地点くらいの年齢で始めてコストコを知ったのだからこれからコストコを楽しんだとしても人生の半分はコストコに行ってない事になりますよね?私は隠れ家的なカフェでご飯を食べたりしてるので人生の半分以上楽しんでます」。年配の方は思わぬ形で自分の人生が折り返し地点だと言うことを他人に告げられ、持ち前の明るさで乗り切れないほど落胆した。「人生の半分損してる」というよく聞くフレーズを言っただけなのに対する悪口のコストパフォーマンスがすごい。

 

確かにコストコの人気は凄い。最近、近くに初めてオープンしたのだが見たこともない程の渋滞になっていた。

これ市の人口超えてない?ってくらいだった。

 

この女性は流行ってる物を否定して自分が上に立とうとするようなタイプではない。むしろ少し前に流行っていたミニマリストにどハマりしてたくらいである。コストコの何が嫌いかと言うとそこに原因があるようだ。

 

女性は友人と同居しているらしいのだがその友人がコストコで色々と買ってくるという。例えば1280円くらいで売っている巨大ティラミスだ。これが冷蔵庫を占領しているのが不服らしい。女性は別にティラミスが嫌いな訳ではない。毎日ティラミスを食べるのが嫌なのだと。というのもティラミスは賞味期限が短い。なのですぐに食べてしまわなければならない。たとえおいしくても毎日食べていれば飽きてしまうだろう。友人は冷凍すれば良いと言うが既に冷凍庫にはティラミスが大量にある。にも関わらずコストコに行く度にティラミスを買ってくるのだと。

 

女性の考えでは、1300円くらいあげるからデザート買ってきて良いよと言われたら色々なデザートを買うべきだと。そもそも巨大なティラミスは頭が悪そうだ。小学生がバケツにプリンを作って食べたいと言ってるのと同じレベルで人気のないユーチューバーの発想だ。ポテトチップスにしても同じで500円くらいでバカみたいに大きいものがあるが遠足でオヤツは500円までだと言われて500円分ポテトチップスを買う奴がいるかと。甘いものとしょっぱいものをバランス良く買えよと言いたいらしい。

 

女性社員の主張としてはコストコに行くとみんな思考が停止するのだという。普段は野菜やトイレットペーパーの値段を10円単位で気にして買い物をしているのにコストコに行くと急にバカみたいに買いまくると。巨大なピザやティラミスは1人暮らし用の小さい冷蔵庫には入らないよ。冷蔵庫横向きにするの?毎日食べれば賞味期限までに食べれるって言ってるけど、毎日ピザやティラミスを食べるってそれどこのアメリカなの?今までにそんな献立表見たことある?コストコには食料品だけじゃなくて家電も服もスポーツ用品も売っててすごいってイオン見たことないの?記憶失くしたの?って感じらしい。

 

私はちゃんと考えて本当に必要な物だけを買う。コストコの言いなりになんてならないって黒崎くんかなってテンションで言ってる。最終的にコストコ好きになるフラグにしか見えないですが。

 

 

犬好きに悪い人はいないっていうアレ

「じゃあ猫好きは悪い人なんですか?」

女性社員は憤りを隠せなかった。「それって犬好きの人が勝手に言ってるだけですよね」「犬好きの人ってすぐそういう事を言う」と。確かにこんな事を言い出したのは間違いなく犬好きの人だろう。「良い」か「悪い」か、善悪の話をしているのに急に犬が出てくる。これはペットを飼っている人にありがちだが隙あらば自分の飼っているペットの話を放り込んでくる。国語、苦手だったのかなてくらい前後の文脈ガン無視。もっと作者の気持ち考えてと言いたい。犬と猫はよく対比されるので猫が好きな人は悪い人って事になるらしい。もう、ちょっとした言いがかりである。

僕は猫好きである。まっしぐらである。昔の偉い人が「我輩は猫である」とか言い出して周りが「えぇ…」って若干引いてた時も「その気持ち超わかるー」って共感した。犬好きに言わせれば何言っちゃってんのってことらしい。ただ僕は犬も好きである。どちらもかわいい。しかしどちらかを選ばなければいけないみたいな風潮がある。

この言い争っている女性たちは馬が合わないのだろう。犬猿の仲である。まあ、職場の全員が仲良くするのは難しいので仕事に支障が出なければいいかなって放っておいた。しかし、いよいよ支障が出始めてしまったので注意したが、「反省してまーす」と心にもない様子だ。というかちょっとバンクーバー五輪スノーボード代表の国母選手のマネしてた。

犬好きの女性はというと飼っている小型の室内犬にスイーツの名前を付けているようなタイプだ。SNSのアイコンはSNOWで自撮り。ボディタッチ多め。猫好きよりも猫をかぶっている。そういうところが反感を買うのだろう。猫好きの女性と口論になっていた。少し熱くなってしまったのか「本当はこんな事言いたくないんだけど」と言ってその後めちゃくちゃ饒舌に悪口を言っていた。「あと〜」とか「そういえば〜」とか言い出したので本当は言いたくて仕方なかったに違いない。急に悪口を言われて驚いていた猫好きの女性も「もう分かりました」と言って去っていった。たぶん何も分かっていない。こういう所は猫のようだ。

 

「イケメン」じゃないほう

イケメンの新入社員が来ると女性達はいつも歓喜する。僕は大きくため息をつき、そっと頬に手をあてる。朝方、ノラ猫に餌をやろうとして引っ掻かれたキズを確認する為だ。小さくか細い…しかし鋭い3本の爪で残された傷跡に酷く落胆していると「アディダスみたいになってますよ」と言われた。僕は「もうちょっと他になかったの?」と言い掛けて言葉を飲み込んだ。

 

女性達は人だかりになってイケメンを囲んでいた。それはつい最近テレビで見た「甲子園でピッチャーマウンドに駆け寄り、人差し指を天に突き上げ歓喜する高校球児」と同じだった。僕は女性達も何か優勝でもしたのかなと思いながらそれを見ていた。そして試合終了後に始まる監督やキャプテンのインタビューを彷彿とさせるようなイケメンに対する怒涛の質問攻めが始まった。彼女はいるのか、休みの日は何をしているのか、SNSはやっているのかとか。最初は愛想良く答えているイケメンだったが余りの質問の多さに少し辟易していた。最後の方は「特に無いです」とか「別に…」とか沢尻エリカみたいになっていた。これはもう一種のハラスメントと認めていいと思う。

 

ある程度話をすればその人柄が見えてくる。性格も分かるだろう。自分のタイプに当てはまるかどうか。当てはまらなかった人は業務に戻る。当てはまった人は今度は自分の売り込みを始める。「私ってこう見えて〜」とか「私って意外と〜」とか「よく驚かれるんですけど実は〜」とか自分の意外性をみせようと必死だ。男がギャップに弱いことを知っているのだろう。休憩室にanan置いてあるし。ほぼ初対面の人に対して効果があるかは分からないが。

 

逆にあまりガツガツいかない女性もいる。お姉さん系の女性だ。みんながキャッキャしているのを少し遠目で見ている。男が落ち着いた綺麗なお姉さんが好きなことを知っているのだろう。休憩室にCancanもあったし。男の話を聞きながら相槌を打つ。「へぇ…あなたもそうなんだ」と自分との共通項を探していく。「へぇ…あんたもナナって言うんだ」くらいのテンションで。こういう女性はたいてい細長いタバコを吸っている。

 

イケメンは慣れた様子で対応していた。昔から女性にチヤホヤされてきたのだろう。モテる人特有の落ち着きがある。僕はイケメンが苦手だ。それは幼少時代に遡る。いつも遊んでいた友人がイケメンだったのだ。子どもというのは残酷でカッコいい子とそうじゃない子の対応の差が激しい。イケメンは僕と仲が良くいつも一緒にいた。そうするとイケメンと喋りたい女子からしたら僕は邪魔者になる。「ちょっとあんたどっか行きなさいよ」くらいのことは平気で言ってくる。そんな事を言っても良いのは美川憲一くらいだと思っていたが僕は仕方なく端っこを歩いて帰っていた。

 

イケメンと2人でいれば周りからは「イケメン」と「そうじゃないほう」と認識するだろう。コンビを組んだ訳でもないのにじゃないほう芸人みたいな扱いだ。今なら「合コンに可愛い子連れてきて」って言っても絶対に自分より可愛い子を連れて来ない女性の気持ちも分かるものだ。小さなコミュニティの中でトップを目指す。「オタサーの姫」を目指すことが「じゃないほう」にならないたった一つの方法だ。ライフハックみたいになってしまったが…。

 

 

 

 

 

笑ってはいけない健康診断

久しぶりに会った友人から「元気してた?」って聞かれたら「病気してた」って答えています。基本的に病弱なんですが見た目がもうそんな感じなので「身体が弱いんですよ」と言っても「見れば分かります」って言われる。

 

朝起きたら毎日頭痛。痛む虫歯。上がらない肩。下がらない血糖値。

季節の変わり目ごとに忠実にひく風邪。熱も出るし喉も痛い。鼻にもくるから全色買うことになるベンザブロック。せめて狙いを決めてきてほしいものだ。

 

社会人になって健康診断が強制になった。まあそうでもなければ行かないのでありがたい話だ。健康診断の前日は夜からごはんを食べてはいけないと言われた。その時点で空腹とめまいに襲われそうだ。もはや「健康」診断ではない。

 

健康診断当日、輪をかけて体調が悪いなか病院に向かう。受付を済まし検査着に着替える。先ずは視力検査だ。「メガネを外して下さい」と言われる。

 

僕は普段から伊達メガネを掛けている。何故ならメガネをカッコいいと思っているからだ。視力が良かった僕は小学生の時にメガネを掛けている友人が羨ましかった。メガネを外したり「クイっ」と持ち上げる仕草に憧れた。メガネのレンズを拭く所作は小学生のそれではなかった。大人びて見えた。通学中に「カッコいい剣みたいな木の棒」を探すことしか考えていなかった自分との差に愕然としたものだ。

 

高校生になった時にアルバイトで得た給料で初めて伊達メガネを買った。僕は浮かれていた。メガネケースの蝶つがいが壊れるほどメガネを出し入れし、メガネを掛けていない時も人差し指を鼻の上に持っていってしまう程「クイっ」とした。フレームが歪んでもメガネバンドを付けて掛けていた。スポーツをしていないのにだ。それくらい気に入っていたのだ。しかし、しばらくすると周りの友人達はメガネからコンタクトに変えていた。世論はコンタクトの方がオシャレと言う意見に傾いていた。僕もコンタクトにした。勿論、オシャレだからだ。当時の僕は宝島社が発行している「smart」という男性ファッション誌を読むほどオシャレに敏感だったのだ。しかしここで疑問がわいた。眼が良いのにコンタクトにする意味はあるのかと。

僕はコンタクトを外した。後に、友人から「コンタクトあんまり似合ってなかった」と言われた事もあった。今思えば唯の悪口な気もするがとにかく新しい私はデビューしなかった。それ以来、ずっと伊達メガネを掛けている。結果、視力も悪くなった。

 

言われた通り先ずは裸眼で視力を測る。次に「ではメガネを掛けて下さい」と言われる。伊達メガネを掛ける。変わらない視力。困惑する看護師。伊達メガネだとカミングアウトする。「健康診断に伊達メガネ…」。もっと言えば視力が悪いのに伊達メガネしているという挙動不審。お薬が必要だ。

 

最後にいよいよバリウムだ。最近のは昔に比べてかなり飲みやすくなったらしい。そうは言っても僕は昔のを飲んだことは無いし飲みにくいことに変わりはない。しかもゲップをしてはいけないという。今迄生きてきてゲップをしてはいけないなんて言われたことはない。この時点で笑ってしまいそうになる。それでも何とか飲み干すが笑いが込み上げてくる。口に牛乳を含んでいる感覚だ。笑いのハードルが低くなっている。

 

ベッドみたいものに横たわっているとそのベッドが回転するシステムだ。4Dの映画館みたいにアクロバティックに回転する。自分自身も横向きになったり逆さになったりする。「もう少し下向いて下さい」とか「もっと横向いて」とか指示が細かい。下から診たり横から診たり打ち上げ花火かなってくらいだ。そんなことを考えていたらゲップしてしまった。呆れるレントゲン技師。

「もう一度、時間を戻せたら…」

女性が多い職場で働くということ

よく、男性の友人に言われる。女性が多い職場で羨ましいと。出会いがたくさんあっていいなと。

僕は見ていたTwitterから視線を外し、丁寧にiPhoneの電源を消して、大きく、ため息をついた。

「ちょっと待って」とつい先程まで見ていたTwitterに引きずられながらも、優しく、しかし明確に否定した。

確かに出会いは多いだろう。しかし、それは女性に声を掛けることができる男にとってはだ。僕のように文化祭の最終日にみんながフォークダンスを踊っているなか、伝説の木の下でしか告白できない系男子にとっては無意味でしかない。

 

この、「女性が多い職場」で仕事の成果を出すというのはかなりの難易度だと思う。仕事なので嫌なことを言わなければならない機会も多い。資格と実務経験を必須にした方が良いと思われる。ユーキャンにあったら人気が出るだろう。就活生は安易に「潤滑油」と口にするが、その謎の油は結構大変なのだと伝えていきたい。

 

まず、女性はお喋りが大好きだ。いつ見ても会話をしている。よくそんなに話すネタがあるものだと感心していたがよく話を聞いてみるといつも同じ話をしている。再放送かなってくらい同じ話をしているのだ。何の話をしているかというと基本的にはスイーツとダイエットの話のようだ。美味しいスイーツを食べたい、でもダイエットもしなきゃいけないという鶏が先か卵が先かみたいな話だ。それを休憩時間が終わるまでしている。次の日もだ。記憶力が鳥頭なのかと思ってしまう。

 

次に女性の変化には敏感でなければならない。髪を切ったとかネイルを変えたとか。明確な見た目の変化ならまだ分かる時もある。しかし些細な変化が困る。女性なら分かるみたいだが鈍感な僕には全く分からない。クイズ番組でこの画面の中でどこかが変わってますっていうのと同じ。いつも勘で答える羽目になる。これは金の正解かな、銀の正解かなって感じで答える。間違っていたらもうおしまい。何で気付かないの?って不機嫌になる。そうは言ってもヒントが分かりにくい。ネクストコナンズヒントくらい分からせる気がないのかなと思う。

 

あと、イケメンが大好きだ。普段女性ばかりの環境というのもあるが職場に男性が来た時にはちょっとした騒ぎになる。通りかかった他の部署の人が「今日は何かのお祭りですか?」って聞いてくるくらい。少し前に「佐川男子」みたいなのが流行ってたが、イケメンの配達員がきたら誰が対応するかでモメる。インターホンが鳴った瞬間のスタートダッシュ。ボルトのような加速。お手本のようなコーナーリング。ここでも9秒台出てた。「イケメン」という追い風参考記録だけど。

 

配達員ならすぐに対応が終わるのでまだ良い。イケメンの営業マンが来た時は大変だ。だいたい3社から4社くらいで来てもらって簡単な会議やコンペをするのだが、日時は決まっているので誰が対応するかを決める。実際は1人で大丈夫なのに「あと1人どうする?」って2人で相談してる。相手が3人来ることが分かってるので人数合わせを誰にするか考えてるのだ。完全に合コンと履き違えている。

 

結局、3人で会議をすることになった。男女3対3のテラスハウスのシステムだ。不安しか無いが会議は上手く進めてくれないと困るので素敵なお家(会議室)と素敵な車(社用車)だけは用意しておく。台本(レジュメ)は一切ない。

 

女性達は見事なまでに会議を進めていく。一瞬、どっちが営業マンかなってくらいグイグイアプローチしてるようにも思えたが。さっきまで昨日見たドラマの話をしながらグダグダとスープ春雨を食べてたとは思えない。グータンヌーボだと思ってたらちゃんとテラスハウスみたいになってた。どこかからテイラースウィフトが聴こえる気さえした。キラキラ女子に変身した女性達は商談を上手くまとめてくれた。この後、2次会に行くそうだ。今の会議は1次会(合コン)と捉えてたようだ。こうなるともう何を言っても聞こえない。僕の声は副音声でしかなくなる。

 

 

美容院という髪を切る以外で疲弊する魔境

 

美容院が苦手。というか美容師さんが苦手というか。先ず指名制というのがもう無理。ホストクラブもキャバクラも行かない、プロ野球のドラフトにかかる事もない僕にとって唯一の指名制。たくさんいる中から1人を選ぶなんて無理ゲーでしかない。結果ガチャを引くつもりでお願いする事になる。

幸いな事に今まで嫌な事を言ってくる美容師さんに当たった事はない。「髪の毛パッサパサですねー。」とか「キューティクルどこに置いてきたんですかー?」とか言ってくるレアキャラは。みんな明るくて気さくな性格だ。こちらが退屈しないように色々と話し掛けてくれる。でも、なんていうかなー。育ってきた環境が違うからか話が噛み合わない。セロリが好きとか嫌いとかっていうレベルではない。

 

今回髪を切ってくれる美容師さんは「典型的な美容師」だった。「カットとスタイリングには自信があります。」「トークでも楽しませますよ。」「だから私はXperia」みたいな感じだ。

 

「今日はどんな感じにされますかー?」。この「感じ」を伝えるのが苦手なのである。飲食店であればメニューに書いてあるものをそのまま読めばいいのだが美容院ではそうはいかない。自分の言葉で伝えなければならずいつも苦労する。「トップは長めに残してサイドは刈り上げで。襟足はエアリーな感じで毛先を遊ばせちゃってください。」と言えたらどんなに良いだろうか。これはもう呪文である。「私は潤滑油みたいな人間です。」並みに意味が分からない。これを言うにはノートに10回くらい書き込んで10分くらい頭の中で反復して暗記しなければいけない。赤ペンと緑色の下敷きを買ってこなければ。そこまでしても致命的な早口と小声いうダブルコンボが炸裂してしまうだろう。あと、最近言われたのだが滑舌が絶望的らしいのでトリプルだった。ダブルがトリプルになるとかどこのサーティワンかなって。まあ、言えた所でどんな髪型になるか想像もつかないのだが。

 

さて、そんなこんなでカットしてもらうわけだが僕は極度の先端恐怖症で刃物が怖いのだ。よく考えてみてほしい。初対面の人が自分に刃物を向けているという状況。強盗に遭っているのとほとんど同じ。自分が少しでも動いたら耳を切られるんじゃないかという恐怖。緊張が走る。震える身体。凝視するカガミ。噛み合わない会話。切りすぎた前髪。困惑する美容師。全てを悟るぼく。思い出す水戸なつめ。支払うお金。謝罪する大人達。

 

職場には美容院に行く事は伝えてあった。前髪を切りすぎたので恥ずかしそうにしてたら、「大丈夫でしたか?」と後輩の女性に声を掛けられた。「ちょっと切りすぎちゃったよ」と言うと、「そうじゃなくて体調ですよ。病院行ってたんですよね?」「病院じゃなくて美容院だよ」「美容院?病院じゃなくて美容院ですか」。僕の絶望的な滑舌の悪さで「美容院」と「病院」が伝わりにくいらしい。ありがとう、オリゴ糖みたいになってた。後輩も僕の髪型を見て「なんだ、こいつ」って顔してたし。

 

 

 

インスタ画像を盛るという逆効果しかない愚行

学生の頃、テスト前になると「全然勉強してないわー」っと言う友人がいた。僕はそれを信じた。テストの点数が悪くても1人じゃないと安心した。しかし蓋を開けてみればその友人は思いのほか良い点数だった。本当に全く勉強してなかった僕は酷く落胆する。

セリヌンティウスのように信じ、メロスかなってくらい激怒した。1人で走れメロスが完成してた。

 

この「全然勉強してないわー」を言う気持ちはまだ理解できなくもない。自らのハードルを下げておく事で結果が悪かったとしても「思ったより良かった」と安堵する効果があるのだろう。周りからも「勉強してなかったから仕方ない」と慰めて貰えるだろう。「前言い訳」とでもいうべきか。悪い結果が出てから言っても意味がないのである。

 

自撮りの画像をかわいく盛るという行為はどうだろうか。前述のテストのケースで考えてみれば、「すごい勉強してきた。マジ自信ある。」という事になる。結果が伴えば問題無いがそうでなければ滑稽でしかない。これは「ちょっと待って、さっきマックで隣の人が話してたの聞こえたんだけど」と同義である。ここから始まる話が面白かった試しがない。深夜2時くらいに考えたの?ってなる。

 

この「(逆)前言い訳」とでもいう状態は誰が得をするのだろうか?

加工された画像を見る→かわいい

実物を見る→あれっ?何か違う

インスタを見る→やっぱりかわいい

実物を見る→やっぱりかわいくない

思わず「メイク変えた?」と言うより先に「フォトショのレタッチスキル上がった?」と言いかねない。

 

何故、自らハードルを上げてしまうのか?

それはやはり昨今のインスタグラムのブームに原因があるように思う。リアルの充実よりもインスタで「いいね!」される方が重要なのだ。写真がかわいければ実物はどうでもいい。ここまで見事な本末転倒は滅多にお目にかかれない。

 

インスタグラムではどれだけカラフルにできるか、どれだけ自分を盛れるかが重要らしい。その中でも自分のスタイルを良く魅せる「インスタポジション」という物があるという。少しでも顔を小さく見せる為に人より後ろにポジションを取るというのだ。他人の事など気にせず自分さえかわいく撮れれば良いという人としての「醜さと狡猾さとずる賢さと」が凝縮している。篠原涼子が歌えばヒットしそうだ。その熾烈なポジション争いは藤井四段よりも1手先を読む心理戦に加え、長友かなってくらいのディフェンス力が要求されるらしい。時にはオーバーラップもする。負けられない戦いがここにある。ポジション取りが上手くなった日本代表は課題である決定力不足を解消し自分たちのサッカーが出来るようになるだろう。

 

後輩の女性に「ハッシュタグ」付ければすぐ見つかりますよと言われた。僕がシャープと呼んでいたこの記号「#」はその名を変えていた(厳密には違うらしいが)。音声案内の最後に押す事でお馴染みのあの子は今や若者の人気者になっていた。コメジルシと呼んでいたこの記号「*」が「アスタリスク」に変わった事もあった。光り続けよう、あの星のようにと陽キャの5人組に教えてもらったものだ。

盛者必衰の理を「#」や「SHARP」から学んだ。

 

その後輩の女性はナイトプールに行った様子をインスタにあげたので見て欲しいと言う。今年ナイトプールに行ってその写真をインスタグラムにあげるという実に分かりやすい地雷女である。 恥ずかしくないのかなと思ったがそもそも世界に向けて公開してる訳なのでそんな気持ちはないのだろう。そこで目にしたのは去年まで見た事のなかったプール1面に広がるピンクのフラミンゴの浮き輪だった。

浮き輪と言えばドーナツ型やシャチが定番だと思っていたが今年の主役は完全にフラミンゴになっていた。期待のルーキーだった。乃木坂46を思わせるセンター抜擢だ。アイデンティティであるはずの脚の細さは無かった事にされていたが。

 

後輩の女性は見事なまでのポジション取りだった。全ての写真で1番後ろをキープしてた。全盛期のロナウジーニョを彷彿とさせるキープ力だった。

 

それ以来、恥じらいのない地雷女が嫌いになった。