「自分探し」っていう旅行
「私、自分探しの旅に出ようと思ってます」
今年、卒業を迎えた女子大生が言っていた。
彼女は就職が決まらなかった。
友人達は就職が決まり卒業旅行に行くのだが自分はどうすべきか。
旅行に行ってる場合じゃない、でも行きたい。
悩んだ結果、自分探しという事にして行こうと思ったみたいだ。
「場所は決まってるの?」
「ボリビアです」
今、ボリビア行く目的って100%「ウユニ塩湖」でしょ。インスタが映える。
「ボリビアって治安は良いの?」
「ウユニ塩湖以外の情報は全く分からないです。でも良い写真が撮れるなら多少の危険は覚悟の上です。」ってそれもう半分戦場カメラマンだから。ある意味、聖地巡礼と言ってもいい。
「自分探しって具体的に何を探しに行くの?」
「それはまだ見つからないんですよね」
「バックパッカーみたいな感じ?」
「ああいうバッグ持ってないです」
「家で机に向かってしっかり考えた方が本当の自分見つかるんじゃないの?」
「高校卒業した時に机処分しちゃったんですよ」
「学生時代に打ち込んでた事は?」
探し物は分からないし見つけにくそうだしカバンの中も机の中も無いってそれどこの井上陽水かなって。
ぼくと一緒に(よさこい)踊りませんか?
彼女が自分探し(という名の卒業旅行)に行く前に職場の送別会が行われた。
店員の名札が手書きでニックネームが書いてあるような居酒屋だ。
アピールポイントに笑顔で頑張りますって書いてある店員はだいたい看板に偽りあり。
話題は彼女が付き合ってる男性の話になった。
自分探しに行ったらしばらく会えなくなるけど大丈夫なのかって。
「最近彼氏の様子がおかしいんですよ」
「どんな風に?」
「いつも私からLINEするのに彼氏からLINEがきて」
「良かったじゃん」
「今、忙しい?って聞かれたから暇だよって」
「うん」
「ちょっと手伝ってもらえますか?って急に敬語になって」
「うん」
「iTunes Card 1万円分買ってきて欲しいって」
「うん?」
「断ったらブラウンが怒ってる無料スタンプがいっぱいきて。
今までスタンプとか使うタイプじゃなかったのに」
完全に乗っ取られてた、携帯。
大丈夫だけど大丈夫じゃなかった。
彼氏との関係が心配なら自分探しとか行かずに日本にいたらって言ったら悩んでた。
まあ、まず携帯乗っ取られた彼氏が心配だし乗っ取られた事に気付かない彼女も心配だし。
彼氏彼女の事情があるからふたりだけで卒業旅行すればいいし。
「そうですね、自分探しはやめておきます。ボリビアがどこにあるかも分からないですし」
そう言うと彼女は席を外した。そして戻ってきた後にこう言った。
「やっぱり自分探しの旅に出ます。地球1周してきます」
それ居酒屋のトイレによく貼ってあるポスターのやつ。
地球1周の船旅、99万円。