何もしてないのに壊れた

たぶん、何かしてる

「イケメン」じゃないほう

イケメンの新入社員が来ると女性達はいつも歓喜する。僕は大きくため息をつき、そっと頬に手をあてる。朝方、ノラ猫に餌をやろうとして引っ掻かれたキズを確認する為だ。小さくか細い…しかし鋭い3本の爪で残された傷跡に酷く落胆していると「アディダスみたいになってますよ」と言われた。僕は「もうちょっと他になかったの?」と言い掛けて言葉を飲み込んだ。

 

女性達は人だかりになってイケメンを囲んでいた。それはつい最近テレビで見た「甲子園でピッチャーマウンドに駆け寄り、人差し指を天に突き上げ歓喜する高校球児」と同じだった。僕は女性達も何か優勝でもしたのかなと思いながらそれを見ていた。そして試合終了後に始まる監督やキャプテンのインタビューを彷彿とさせるようなイケメンに対する怒涛の質問攻めが始まった。彼女はいるのか、休みの日は何をしているのか、SNSはやっているのかとか。最初は愛想良く答えているイケメンだったが余りの質問の多さに少し辟易していた。最後の方は「特に無いです」とか「別に…」とか沢尻エリカみたいになっていた。これはもう一種のハラスメントと認めていいと思う。

 

ある程度話をすればその人柄が見えてくる。性格も分かるだろう。自分のタイプに当てはまるかどうか。当てはまらなかった人は業務に戻る。当てはまった人は今度は自分の売り込みを始める。「私ってこう見えて〜」とか「私って意外と〜」とか「よく驚かれるんですけど実は〜」とか自分の意外性をみせようと必死だ。男がギャップに弱いことを知っているのだろう。休憩室にanan置いてあるし。ほぼ初対面の人に対して効果があるかは分からないが。

 

逆にあまりガツガツいかない女性もいる。お姉さん系の女性だ。みんながキャッキャしているのを少し遠目で見ている。男が落ち着いた綺麗なお姉さんが好きなことを知っているのだろう。休憩室にCancanもあったし。男の話を聞きながら相槌を打つ。「へぇ…あなたもそうなんだ」と自分との共通項を探していく。「へぇ…あんたもナナって言うんだ」くらいのテンションで。こういう女性はたいてい細長いタバコを吸っている。

 

イケメンは慣れた様子で対応していた。昔から女性にチヤホヤされてきたのだろう。モテる人特有の落ち着きがある。僕はイケメンが苦手だ。それは幼少時代に遡る。いつも遊んでいた友人がイケメンだったのだ。子どもというのは残酷でカッコいい子とそうじゃない子の対応の差が激しい。イケメンは僕と仲が良くいつも一緒にいた。そうするとイケメンと喋りたい女子からしたら僕は邪魔者になる。「ちょっとあんたどっか行きなさいよ」くらいのことは平気で言ってくる。そんな事を言っても良いのは美川憲一くらいだと思っていたが僕は仕方なく端っこを歩いて帰っていた。

 

イケメンと2人でいれば周りからは「イケメン」と「そうじゃないほう」と認識するだろう。コンビを組んだ訳でもないのにじゃないほう芸人みたいな扱いだ。今なら「合コンに可愛い子連れてきて」って言っても絶対に自分より可愛い子を連れて来ない女性の気持ちも分かるものだ。小さなコミュニティの中でトップを目指す。「オタサーの姫」を目指すことが「じゃないほう」にならないたった一つの方法だ。ライフハックみたいになってしまったが…。